歯内療法

【歯の根の治療(歯内療法)】

御自分の歯を残したいと誰しもが思います.むし歯になって歯の歯髄組織か壊されてしまった歯を残す治療,それが歯内療法です,歯内療法は時間と歯内療法技術を必要とする最も労力が入り,難しい治療のひとつです.
最近,インプラントが先行して,不必要な抜歯が多くみられます.歯を抜く前に歯内療法の専門医資格を持つ先生に一度診てもらうことを勧めます.なんといっても,自分の歯で噛むことが一番です.

1. 歯の根の治療(歯内療法)

1) 歯内療法ってなに

歯内療法は歯を残す為の基本的な治療法です.むし歯になって痛くないからと放っておくと,健全なとき神経組織があった根の管(根管のデッドスペース)に口の中のバイ菌が入り込んで増殖し,空気を嫌うバイ菌ばかりになって歯の根の先(根尖部)の顎の骨を溶かして膿みの袋ができます.これを根尖病変と呼びます.
根尖病変は放っておいても自然には治りません.でも,放っておくとバイ菌が体全体にまわり,いろいろな病をつくり,とっても危険です.
ですので,歯内療法をおこないます.歯内療法の方法は根の管のバイ菌をきれいに取り除き,根管のデッドスペースに半永久的に劣化しない材質のガツタパーチャというものをつめます.そうすると,顎の骨を溶かしていた根尖病変が自然に消えて,元の健康な骨に変わります.

【写真左】根の管に貯まったバイ菌が顎の骨を溶かし,全身へまわり,心臓疾患,リュウマチの悪化,腎臓等へ悪影響を与えます.
【写真右】歯内療法で緊密充填して根尖病変は治癒でも,時間がかかり,非常に難しい治療です

2) 根尖病変の原因は

根管内は血流によりきれいにならない,デッドスペースというバイ菌(特に空気を嫌う嫌気性菌)の貯留する危険な場所になります.人の体は根の尖端部の根尖孔(約250ミクロン = 髪の毛の2倍くらいの細さの孔)などから常にバイ菌の産生物や細胞膜(LPS)によって攻撃をうけるのですから,元気な時ならまだ戦えるのですが,少しずつ体が悪くなっていきます.

根管内のバイ菌は主に,蛋白を分解する酵素をだします.それによって人の体は免疫をつくり,攻撃部隊を動員するのですが,アレルギーがある人等はこの免疫応答がうまくできず,根尖病巣は治らないのです.そして,抵抗力が低下した時に,ひどく痛くなり,顔が腫れることになります.また,病変も免疫により異なると考えます.

【写真上】根尖病変は歯根肉芽腫と歯根嚢胞があり,生体の免疫機構の違いにより病変が異なると考えます.治癒能力は異なり,歯根嚢胞は治りにくく,外科処置や再生医療を導入しなければならない場合が多い.

3) 歯内療法の方法は3つの方法があります.そのうち最も優れたバーティカル法を紹介します.

歯内療法では,根管形成,根管清掃,根管充填をおこないます.根管充填法には3つの方法があります.最も良い方法はバーティカル法,次にラテラル法,最後に糊剤根充法です.
糊剤充填は最も簡単な方法で薬を入れるだけなので痛みも少ないのですが,人の体内では薬は24時間で排出します.ですので,直ぐに再発してしまいます.これでは何の為の治療なのかわかりませんね.
バーティカル法は術式がとても難しく,2~3%の先生がおこなっています根管形成を十分且つ繊細におこなって,根管を清掃して,半永久的に吸収や変性しないガツタパーチャで緊密に充填します.

歯内療法の成功率 医院での率 難易度
バーティカル法 約90%以上 約 2~ 3 % 10(ハイテクニック)
ラテラル法 約60~70% 約45~50% 6(2~3年で到達)
糊剤充填法 約40%以下 約40~50% 2(簡単)

日宇歯科では21年間,このバーティカル方法( OOTANI Endodontics Method)がほとんどです.

 

根管は非常に複雑でガツタパーチャと根管セメントを併用するラテラル法では緊密な閉鎖はできません.そこで,オピアン法,オブチュレーションシステム法等の特殊なバーティカル法でどのような根管の形態でも緊密に充填することが必要です.この方法は25年間おこなつており,もつとも安定した方法です.(上の2方向からのX線と根の水平割断面でおわかりのように根管壁にガッタパーチャが緊密に密着する優れた手法です.2症例は私の歯内療法コースで受講生が詰めたもので,熟練するとこのように緊密に根管充填をおこなうことができす)

1981年7月,日本歯内療法学会の発起人のひとり,東京医科歯科大学ポストグラディエート講師,日本歯科医師会歯内療法講師であられた,渋谷にある 恩師 大谷満 先生の「大谷歯内療法研究所」の門下生になったことを思い出します.「臨床歯内療法学は学問だけでは成り立たない,勉学と臨床が一体してはじめてものがいえる」という言葉は,大学の医局に残っていた私にはカルチャーショックでした.さらに,歯科医師の哲学をも教えて頂きました.お教えの通りに勉学しているのですが,歯科医学は奥が深いと思います.

4) バーティカル法は保険でできるの

根管充填はバーティカル法,ラテラル法,糊剤根充法の全てが保険治療でもおこなえます.しかも,バーティカル法,ラテラル法の保険料金はかわりません.
糊剤根充法は加圧加算がありませんので,治療も早いし,保険支払いも少し安いし,ほとんど痛くないのですが,自然治癒にすべてをゆだねるため,デッドスペースには無効ですので,すぐにやり治さなければならない可能性は60%以上です.
ラテラル法はバーティカル法と糊剤法の中間に位置し,複雑な根管や根尖孔の症例には無意味です.でも,バーティカル法に比べてはるかに簡単ですので世界中でおこなわれています.治るも治らないもその根管次第です.しかし,この方法でさえも,80点をとれる開業医は20%以下しかいません.
バーティカル法はその歯が破折や歯周病等に罹らない限り,治療のやり治おししなくてさなくていいのですから,優れた方法といえるでしょう.

5) 歯内療法の期間は

根管が太く,まっすぐな前歯の歯内療法程簡単で2~3回程の治療ですが,奥歯の湾曲して根管が閉鎖している根管は非常に難しく,5~6回以上の治療を要します.可能な限り,きちんとした治療を受けているほうが,歯は長持ちします.

6) 歯内療法の途中で通院をやめてはだめですよ !

歯内療法に限らずどのような歯科治療でも治療の途中で通院をしなくなることは,その歯が無くなることを意味します.痛みがなくなっても治ったわけではありませんので,必ず最後まで通院してください.また,その歯の複雑性や病態から2~3回で終わる場合もあれば,6~8回位かかるときもあります.

7) 歯根にヒビが入った場合の歯内療法は診断と治療はとても難しいのです !

硬固物を好んで食べる人はいずれ歯にヒビを入れたり,割ったりします.歯の破折編 / C. 歯が破折しやすい硬固物の種類 で説明していますように,本医院の患者さんで実際に歯の破折になった硬固物は 豆類 : ピーナツ,アーモンド,タネ類 : 梅干しのタネ,ひまわりのタネ,乾燥食品 : 乾燥バナナ,ビーフジャッキー,スルメ等,氷,アメ,キャラメル,ガムをよく噛んでいる,冷凍カズノコ,鳥の軟骨等です.

歯にヒビが入ると痛み,歯ぐきの腫れがなかなか治まりませんし,鑑別診断に1週間以上かかる場合もありますし,一度割れた歯は治ることはないので,抜歯しなければなりません.硬固物を好む人は,気をつけてください.

2. 歯内療法で助かる歯,助からない歯

最近,インプラントが先行して,不必要な抜歯が多くみられます.歯を抜く前に歯内療法の専門医資格(日本歯内療法学会 )を持つ先生に一度診てもらうことを勧めます.インプラントは完全なものではありませんし,なんといっても,自分の歯で噛むことが一番です.

歯内療法で助かる歯 歯髄炎の歯根尖病変がある歯

根の未完成歯

根分岐部病変歯

外傷歯(根の破折がないもの)

歯内療法で助からない歯 歯根が破折している歯歯周病が進行している歯

3. 臨床例

1) 根尖病変の治癒後の長期経過

(1) 歯に詰めた冠がはずれてみえました.レントゲンでは根管が細く4根管有り,根尖部が閉鎖して,根尖病変があります.ラテラル根充してありますが,根尖病変ができています.バーティカル法で歯内療法をして,根尖病変は消えて健康な組織に治癒しました.

(2) 根尖病変が原因で痛み,顔と歯茎が腫れて来院.糊剤根充してありますが,薬はなくなり根尖病変ができています.バーティカル法で歯内療法をして,根尖病変は消えて健康な組織に治癒して21年経ちます.

(3) 根尖病変が原因で痛み,顔と歯茎が腫れて来院.ラテラル根充してありますが,親指大の根尖病変ができています.バーティカル法で歯内療法をして,根尖病変は消えて健康な組織に治癒して18年経ちます.

2) 歯周病と根尖病変の併発症例の治癒後の長期経過

(1) 歯周病と根尖病変が交通しています.レントゲンでは根管が細く4根管有り,近心根に根尖病変があります.バーティカル法で歯内療法をして,根尖病変は消えて健康な組織に治癒しました.少し出た加熱ガッタパーチャも正常に吸収しています.

(2) 第二大臼歯は歯周病と根尖病変が交通しています.第一大臼歯も歯周病と根尖病変が交通し,根に穴があいています.普通98%は歯を抜く治療をおこない,部分入れ歯となります.
バーティカル法で歯内療法をして,根尖病変は消えて健康な組織に治癒しました.少し出た加熱ガッタパーチャも正常に吸収しています.

(3) 歯周病と根尖病変が交通し,ずいぶんと時間が経っていた症例です.普通98%は歯を抜く治療をおこない,ブリッジとなります.
バーティカル法で歯内療法をして,根尖病変は消えて根の分岐部以外は健康な組織に治癒しました.9年経っても十分機能しています.今のところインプラントも入れなくてすんでいます.

3) 根尖病変の自己免疫による治癒後の長期経過

小指大の根尖病変ができています.バーティカル法で歯内療法をして,根尖病変は消えて健康な組織に治癒しました.この人は自己治癒能力が非常に良い人です.

4) 根未完成歯の歯内療法(小学生が主です)

小学生の時に歯根未完成歯でむし歯から歯内療法をしなければならなくなりました.でも,根の尖端が完成していません.バーティカル法で仮に根管充填をおこなって,1~2年で根尖を成長させ,本格的なバーティカル法で歯内療法をおこないます.

5) 耳鼻科との共同による顎補綴から免れた症例

歯性上顎洞炎といって,歯が原因で蓄膿症になっています.普通は歯を抜いて,上顎洞の手術をして口と鼻が突き抜けたまま,特殊な顎補綴という入れ歯を入れます.しかし,バーティカル法で歯内療法をして,原因の口蓋根が3つにわかれていたのがわかりました.歯は残して通常の上顎洞根治手術で助かりました.
バーティカル法を確信した22年前の思い出深い症例です.このような根充はバーティカルでしかできません.

6) 自己免疫疾患による根尖病変の難治症例に対しては,最先端の組織工学による治癒
注意) 組織工学による再生医療は自費になります

(1) バーティカル法で歯内療法をしていたのですが,8年後に腫れて来ました.これは自己免疫異常が原因です.外科手術をおこなっても再発する可能性が高く,外科的歯根端切除術をおこない,自分の血液から骨を造る成分(PRP)を取り出し,手術部に埋入しました.根は短くなりましたが,根尖病変は消えて健康な組織に治癒しました

(2) 根管に穴が開いて,もともと上顎の骨が薄く,上顎洞底が歯を取り巻いている症例で,歯内療法だけでは,上顎洞縁等を引き起こす可能性が高かったので,サイナスリフトという上顎骨を造る手術は自家骨や人工骨では感染の危険性がある為に,自分の血液から骨を造る成分(PRP)を取り出し,手術部に埋入しました.根も正常で,上顎の骨もできて健康な組織に治癒しました.

※ここに紹介した症例は全て,歯科医学誌に搭載してあります.歯内療法で可能な限り自分の歯を抜かないこと,残すことが必要です.


大谷 満 恩師を偲ぶ会 (2006年5月28日)

「大谷 満 恩師の偲ぶ会」に,日本各地より数多くの会員の先生方がお出向きになられました.

2006年,4月10日午後11時10分,日本の臨床歯内療法の父であり,大谷同行会の主幹として,多くのお教えを頂きました大谷満先生が1年半におよぶ長い入院の介なく,渋谷区の病院にて,全身衰弱のため静かに御崩御なされました.享年77歳でございました.謹んでご冥福を心よりお祈り致します.
4月17日の正午,御会葬の儀の際は最も大谷先生と身近に途を歩んでこられました先生方にご遺族の意向により,連絡できなかったことを残念に思います.大谷先生の御盟友であられます元厚生労働省議長の藤澤先生が同行会の代表として最期まで見届けて頂けましたことをご報告しますと同時に,本日は四十九日にあたりますので,この日を偲ぶ会開催と致しました.
また,入院中もご面倒を見て頂きました小池様には,会を代表致しまして,厚く御礼申し上げます.誠にありがとうございました.

思い起こせば,1982年6月,高樹町の日赤センターで研修していた際,元東洋女子医専大学,東京医科歯科大と矯正学を教えてこられました故 水島先生の御紹介で大谷歯内療法の門を叩き,門下生の末端に加えて頂きまして毎週見学に通いました.その頃の門下生は全てが臨床歯内療法を受け継ぎ,指導者たる日本歯内療法家となり,今日の日本歯内療法学会を支えられています.
大谷恩師はここにご出席されておりますメーカーの開発者と伴に,根管形成が楽しくなるタービンテクニック,アレルギー反応がないウォーターピック改良型によるエンドシャワー,根管乾燥・吸引機のエンドサクション,ステップバック形式アピカルシートを一度に形成できるアピカルリーマ,ガッタパーチャ改良による根管緊密充填のオブチュレーションシステムなど数多くの臨床歯内療法学の根本原理を広く世の歯科医師に伝えてこられました.当時は観るものさわるもの,大学で習った考え方ではなく,実に臨床にかなった手法に基づいた新製品・新技術ばかりで,これらを御自分で編み出されたのかと,驚愕し,深く感嘆しました.
また,歯科医師としての倫理観や今日の臨床に基本的な原動力となっております.奥様にもいろいろとお教えいただきましたことを妻もろとも感謝致しております.御亡くなりになられてからは,診療所で大谷先生がご開発されました歯内療法の器具・器材を使う度に大谷恩師の笑顔が浮かんできます.今も,大谷先生から見せて頂いたインパクトある根管形成の症例が目に焼き付き,根管形成の重要性を自問自答しております.

大谷先生は私にはこうしろ,ああしろとは言われないお人でした.「歯科医師として,自分で学んでどうあるべきかを自分で考えなさい.また,科学者や哲学者であれ」との言葉を今もなんとか守っているつもりでございます.日本臨床歯内療法協会にも加担させて頂き,多種多様の臨床も学ばせてもらい,比較検討ができました.AAEにも2度,IFEAローマでは大谷恩師が講演するということで,少しでも手助けになればと思い,ポスターで追従したことも今となっては懐かしく思えます.私にとっては哲学の旅でした.私は医療の心構えとして「鬼手佛心」というお言葉を最期に賜りました.同行会の皆様方にもそれぞれのお言葉を頂いていることと存じます.そのお教えを心に,これからも自分の治療ないし,生活や社会の栄華に役立てて頂きたいと思います.
本日はそれぞれの大谷恩師の思い出に華を咲かせて,ご冥福をお祈り致したいと思います.

尚,同行会の会員である,宇都宮市市会議員 塚田典巧先生,ハーバード大留学中の山崎和恵先生,獨協医大口腔外科 麻野和宏先生ならびに自衛隊朝霞基地衛生隊長 糸賀裕先生から「心より追悼の意を捧げ,大谷先生,ありがとうございました.安らかにお眠りください.」との追悼を授かりましたことも報告させて頂きます.


学会リンク 日本歯内療法学会


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